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広島地方裁判所 昭和63年(ワ)983号 判決

主文

一  原告らの主位的請求をいずれも棄却する。

二  原告らと被告との間において、原告らが、別紙物件目録四記載の土地につき、囲繞地通行権を有することを確認する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主位的請求

(1) 原告らと被告との間において、原告らが、別紙物件目録四記載の土地につき、同目録二記載の土地を要役地とする通行のための地役権を有することを確認する。

(2) 被告は、原告らに対し、別紙物件目録四記載の土地につき、昭和三五年一月四日付け地役権設定契約を原因とする左記の地役権設定登記手続をせよ。

〈1〉 要役地 別紙物件目録二記載の土地

〈2〉 目的  通行のため

2  予備的請求

主文第二項と同旨

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  主位的請求原因

(1) 訴外三木利登は、もと別紙物件目録一ないし三記載の土地(以下、本件一ないし三土地という。)を所有していたが、昭和二〇年八月六日死亡したため、同人の長女である訴外藤田康子(旧姓三木康子―以下、訴外康子という。)が家督相続により同土地の所有権を取得した。

(2) 訴外康子は、昭和三五年一月四日、叔父である被告に対し本件一土地を、同じく叔父である訴外三木論嘉(以下、訴外論嘉という。)に対し本件二土地を、それぞれ贈与した。

(3) 被告と訴外論嘉は、右同日、本件二土地の通行の用に供するため、別紙物件目録四記載の土地(以下、本件係争地という。)につき、通行地役権を設定する旨の契約(以下、本件契約という。)を締結した。

(4) 訴外論嘉は、昭和五九年二月八日死亡し、原告らが相続によりその権利、義務を承継した。

(5) 被告は、原告らが本件係争地につき通行地役権を有することを争っている。

(6) よって、原告らは、被告に対し、原告らが、本件係争地につき、通行地役権を有することの確認を求める。

2  予備的請求原因

(1) 原告らは本件二土地を所有し、被告は本件一土地を所有している。

原告ら及び被告の右各土地の所有権取得の経過は、前記1の(1)、(2)及び(4)記載のとおりである。

(2) 原告らは、以下の理由により、本件係争地につき、民法二一〇条一項に基づく囲繞地通行権を有する。

〈1〉 本件二土地は、周囲を被告ほか他人所有の土地に囲まれ公路に通じない袋地である。

〈2〉 被告と訴外論嘉との間では、昭和三五年一月四日、公路から本件二土地に通ずる幅二・五メートルの通路を本件一土地上に設置する旨の合意がなされており、被告はこの時点ですでに通行による損害を受忍している。

〈3〉 従前には、本件二土地上に母屋が、本件一及び三土地上に借家が、それぞれ建てられており、当時公路への人や車の出入りは、本件係争地付近を通って行われていた。また、現在では右母屋や借家は取り壊され、本件二土地は駐車場として利用されているが、公路への出入りは依然として本件係争地付近を通って行われている。

〈4〉 本件二土地上に新たに建物を建築しようとする場合には、建築基準法四三条一項により、同土地は公道に二メートル以上接しなければならない。

〈5〉 本件係争地は、本件二土地から公路に至る最短距離であって、しかも本件一土地と公路がほぼ水平に接しているところは本件係争地付近しかない。

(3) 被告は、原告らが本件係争地に囲繞地通行権を有することを争っている。

(4) よって、原告らは、被告に対し、原告らが、本件係争地に囲繞地通行権を有することの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1について

(1) (1)の事実は認める。

(2) (2)のうち、訴外康子が昭和三五年一月四日本件一土地を叔父である被告に贈与した事実は認め、その余の事実は知らない。

(3) (3)の事実は否認する。

(4) (4)の事実は知らない。

2  請求原因2について

(1) (1)のうち、被告が本件一土地を所有している事実は認め、その余の事実は知らない。

(2) (2)のうち、〈1〉は否認し、〈2〉のうち被告と訴外論嘉との間では、昭和三五年一月四日に本件二土地に通ずる私道は幅二・五メートルとする旨の合意がなされた事実は認め、その余の事実は否認し、〈3〉のうち本件一ないし三土地の従前及び現在の利用状況は認め、その余の事実は否認し、〈4〉のうち建築基準法上原告らの主張に沿う規定が存することは認め、具体的建築の可否については知らず、〈5〉は否認する。

三  被告の主張

原告らの主張によれば、原告らが本件二土地を所有するに至ったのは、訴外論嘉が訴外康子から同土地の贈与を受けたからである。そうだとすると、民法二一三条二項により、原告らは、訴外康子の所有地である本件三土地のみを通行しうるものというべきであるから、仮に民法二一〇条一項の要件を備えたとしても被告に対し囲繞地通行権を主張できない。

四  被告の主張に対する認否

被告の主張は争う。

第三  証拠(省略)

理由

第一  主位的請求に対する判断

一  請求原因1(1)の事実は当事者間に争いがない。

二  請求原因1(2)のうち、訴外康子が叔父である被告に対し昭和三五年一月四日本件一土地を贈与した事実は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第六号証、第八号証の一、二、原本の存在及びその成立に争いのない甲第九号証によれば、訴外康子は右同日叔父である訴外論嘉に対し本件二土地を贈与した事実が認められる。

三  そこで、本件契約の成否につき判断する。

成立に争いのない甲第五号証ないし第七号証、第八号証の一、二、原本の存在及びその成立に争いのない甲第九号証、原告三木冨貴美(以下、原告冨貴美という。)本人尋問の結果により成立の認められる甲第一〇号証の一、二、同本人尋問の結果により甲第一〇号証の三、四、被告本人尋問の結果により成立の認められる乙第二号証、第三号証、原告冨貴美、被告各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、本件一ないし三の各土地は、いずれももと三木嘉次郎の所有であったこと、同人が昭和一五年一月一七日死亡したので長男である三木利登が家督相続により右各土地の所有権を取得したが、同人もまた同二〇年八月六日死亡したため、訴外康子が家督相続により右各土地の所有者となったこと、原告冨貴美は昭和三〇年五月六日訴外論嘉と婚姻し、当時本件二土地上に存在した母屋に三木嘉次郎の妻(訴外論嘉及び被告の母)久代(以下、久代という。)と同居したこと、そのうち、訴外康子が家督相続した本件一ないし三の各土地を含む三木嘉次郎の遺産を被告及び訴外論嘉ら兄弟で分割し、併せて三木利登の妻である幸子及び訴外康子の生活の安定を計る話が持ち上がり、昭和三五年一月四日訴外康子、訴外論嘉、被告、久代らにより話し合いが持たれたこと、これにより訴外論嘉は本件二土地ほかを、被告は本件一土地ほかを、いずれも訴外康子から譲り受けることとなったこと、その際、被告は訴外論嘉に対し、それまでも公路(市道)から前記母屋の玄関に至る通り道として利用されていた土地部分を訴外論嘉の車の利用も考慮して幅二・五メートルの範囲に限り通路として使用することを許諾したこと、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

原告らは、右被告の訴外論嘉に対する土地の使用許諾をもって、本件契約が成立した旨主張するが、右使用許諾をもって原告ら主張の通行地役権設定の合意があったというためには、少なくとも使用を許された通路部分の位置が書面上又は現地において明確に特定されており、これが本件係争地と一致するものであることの立証が不可欠であるというべきところ、原告冨貴美本人尋問の結果中のこれに沿う供述部分は被告本人尋問の結果に照らしてにわかに措信できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

してみると、被告と訴外論嘉との間でなされた右合意は、後に認定するように本件二土地が袋地になることから、被告において訴外論嘉に囲繞地通行権があることを確認したものにすぎないものというべきであり、これをもって登記義務を伴うごとき通行地役権設定の合意があったとまでは認めることはできない。

四  以上によれば、原告らの主位的請求はその余の点に付き判断するまでもなく理由がない。

第二  予備的請求に対する判断

一  本件土地が被告の所有である事実は当事者間に争いがなく、本件二土地が原告らの所有であること並びに原告ら及び被告が右各土地の所有権を取得した経過は、いずれも第一の三で認定したとおりである。

二  そこで、原告らが、本件係争地につき民法二一〇条一項に基づく囲繞地通行権を有するか否かにつき判断する。

1  まず、被告は、原告らの前記認定の所有権取得経過からすると、原告らは、民法二一三条二項により訴外康子の所有地である本件三土地のみを通行しうるものというべきである旨主張するので、これにつき検討する。

確かに、訴外康子から訴外論嘉への本件二土地の贈与のみを切り放して考えると、民法二一三条二項の適用が問題となり、訴外論嘉及びその包括承継人たる原告らは、訴外康子の残所有地たる本件三土地のみを通行しうるとの解釈が成立しないわけではない。しかしながら、右贈与は単独でなされたものではなく、先に認定したとおり昭和三五年一月四日に、訴外康子、訴外論嘉、被告、久代らが一同に会して行われた三木嘉次郎の遺産についての実質上の分割協議の席上で取り決められたものであり、被告に対する本件一土地の贈与も同時になされたものであることからすると、訴外康子から訴外論嘉及び被告に対してなされた贈与は名目はともかくその実質は三木嘉次郎の子供ら(訴外康子は三木利登の代襲相続人的立場となる。)による本件一ないし三土地の遺産分割(共有物分割)と認めるのが相当であり、このことからすると、被告が取得した本件一土地もまた民法二一三条一項にいう「他の分割者の所有地」と同視しうるものというべきであり、したがって、原告らは、本件二土地が同法二一〇条一項の要件を備える限り、本件一土地上の本件係争地につき囲繞地通行権を主張しうるものと解するのが相当である。

2  そこで次に本件二土地が袋地といえるか否かにつき検討する。

原本の存在及びその成立に争いのない甲第一号証、成立に争いのない甲第五号証ないし第七号証、原告ら訴訟代理人中村信介が昭和六二年三月二七日本件一ないし三土地を撮影した写真であることに争いがない甲第三号証の一ないし二四、証人竹林洋の証言によれば、本件一ないし三の各土地は登記簿上の地目及び現況はいずれも宅地であること、その位置関係は概略別紙図面のとおりであること、本件二土地はその東側隅付近が里道に接しているほかは他人所有地に囲まれ公路には接していないこと、右里道は本件三土地の北側に存し、現況は、里道と民有地の境界確定がなされていないことから明確ではないが、本件三土地の東に隣接する市道と接する部分が幅一・三メートル、本件二土地と接する部分が幅一メートルあり、市道との接続部分は段差が約三〇センチメートル存し、本件三土地との接続部分にも段差が存することが認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定事実を前提に里道の存在にもかかわらず、なお、本件二土地が「他の土地に囲繞せられて公路に通ぜらる」土地といいうるかにつき考えるに、公路に通ずる通路が存在するとしても、その通路が袋地の形状、用法等から考えて通路としての合理的な効用を全うすることができないものであるときは、袋地の所有者は必要な限度においてなお囲繞地を通行する権利を有するものと解するのが相当である。右観点から本件をみるに、右里道の幅、形状は前記認定のとおりであるうえ、第一の三で認定したとおり本件二土地上にはもと三木家の母屋が存在したところ(原告冨貴美本人尋問の結果によれば、右母屋が取り壊されたのは昭和六一年のことである。)、成立に争いのない甲第一三号証、原告冨貴美及び被告各本人尋問の結果によれば、同家屋への出入りはもっぱら本件一土地の東北部分で本件三土地と接する付近(ほぼ本件係争地付近)を通って行われ、里道は通路としての機能を果たしていなかったこと、昭和三五年一月四日の話し合いの際にも、里道の存在にもかかわらず本件二土地が袋地になることについては関係者の認識は一致しており、それだからこそ被告は訴外論嘉に対し従来から通路として利用されていた土地部分付近を幅二・五メートルの範囲で通路として使用することを許諾したことが認められ、右事実からすると、本件二土地は、里道が存在することを考慮にいれても、なお、公路に通じない袋地であると認めるのが相当である。したがって、本件二土地については、民法二一〇条一項により囲繞地通行権があるといえる。

3  ところで、本件二土地につき囲繞地通行権が認められるとしても、その対象地が本件係争地であるといいうるためには、本件係争地が「通行権を有する者のために必要にして且つ囲繞地のために損害の最も少きもの」であることを要するので、次にこれにつき検討する。

(1) まず、囲繞地通行権を認めるべき場所につき考える。

証人竹林洋の証言によれば、本件係争地付近は、本件一土地及び同三土地のうちでその東側に存する市道との段差が最も少ない場所であることが認められること、従来から本件二土地への出入りはほぼ本件係争地付近を通って行われていたことは先に認定したとおりであること、さらに、成立に争いのない甲第一三号証、原告冨貴美及び被告各本人尋問の結果によれば、昭和三五年一月四日の話し合いにおいて、被告が訴外論嘉に対し通行を許諾した土地部分はほぼ本件係争地と重なることが認められ、このことからすると被告は本件係争地が囲繞地通行権の対象地となることを受忍していたものといいうること(なお、被告本人尋問の結果において、被告が右通路としての使用を許諾した場所と供述する箇所は本件係争地から約一・二五メートルほど南西によった場所であるが、ここで問題なのは、右使用許諾の場所を確定することではなく、被告が損害を受忍していたことであるから、この程度の差異は認定に影響しないものと考える。)を併せ考えれば、本件係争地は、通行権を有する者のために必要にして且つ囲繞地にとって最も損害の少なき場所であると認めるのが相当である。

なお、囲繞地のために損害の最も少ない場所を選択するとの観点のみから考えると、前記里道が有効に利用できさえすれば、本件三土地の北側で里道に接する場所がまず通行権の対象地として候補に上がる。しかしながら、右里道が市道との接続部分において約三〇センチメートルの段差を有すること及び本件三土地との間にも段差が存することは前記認定のとおりであり、証人竹林洋の証言によれば、右各段差を埋めるためには本件三土地にかなりの盛土をなす必要が認められ、右事実からすると、前記里道は少なくとも現状のままでは通路として有効に利用できるとはいえない。さらに、本件三土地のために必要との観点を考慮すると、同土地の東側隅に通路が接続することになる里道付近よりもそのほぼ中央に通路があることになる本件係争地のほうが本件三土地のために有用であることは明らかである。

(2) 次に、囲繞地通行権の範囲について考える。

本件二土地の現況は宅地であることは前記認定のとおりであり、原告冨貴美本人尋問の結果によれば、原告らは将来同土地上に建物を建築する予定であることが認められる。ところで、本件二土地上に新たに建物を建築しようとする場合には、建築基準法四三条一項により、同土地は公道に二メートル以上接しなければならないとの法律上の規制が存することは当事者間に争いがない事実である。さらに、原告冨貴美及び被告各本人尋問の結果によれば、本件二土地上に母屋が存した当時は、訴外論嘉は車を所有し、同土地への出入りにはこれを利用していたことが認められること、昭和三五年一月四日の話し合いの際に被告が訴外論嘉に対し使用を認めた通路の幅は二・五メートルであったことは先に認定したとおりであることからすると、本件において囲繞地通行権の範囲は原告らの主張するとおり二・五メートルと認めるのが相当である。

4  してみると、原告らは、本件係争地につき、民法二一〇条一項に基づく囲繞地通行権を有するものというべきである。

三  被告が、原告らが本件係争地につき囲繞地通行権を有することをあらそっていることは、当裁判所に顕著な事実である。

第三  結論

以上によれば、原告らの主位的請求はいずれも理由がないから棄却し、原告らの予備的請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民訴法九二条本文、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

別紙

物件目録

一 所在 呉市西辰川一丁目

地番 壱五番

地目 宅地

地積 参〇四・弐九平方メートル

二 所在 一に同じ

地番 壱六番

地目 宅地

地積 五壱弐・〇〇平方メートル

三 所在 一に同じ

地番 弐弐の壱番

地目 宅地

地積 七六・〇九平方メートル

四 前記一の土地の内、別紙図面〈1〉〈2〉〈4〉〈3〉〈1〉の各点を順次結んだ直線内の部分

(参参・〇七平方メートル)

〈省略〉

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